今年のGWはどこにも行かない

前回のエントリーでこんなことを書きました

さあ今日から連休!明日は成田出発だよ!って

当然行けるわけなく、3月のはじめまでに計画していた内容です。あまりにイタいのか、頭がおかしくなったと思われたのか誰からも突っ込んでもらえませんでした。

1 月から少しづついろいろ予約してまして、3月6日にVi Azul(キューバの長距離バス)のトリニダ〜バラデロ間のチケットを予約しました。その3日後の9日、成田〜メキシコシティの航空便の欠航のメールが来て雲行きがおかしくなって、まあその後はパタパタと今に至る感じです。

それでも3月のうちはエアカナダならチケットあるかな〜とかキューバはだめでも小笠原や伊豆大島なら間に合うかなとかも考えました。もはや公園へのお散歩や買い物すらとがめられるご時世となってしまいました。

こんな思いしてる人は大勢いるだろうし、僕よりももっと大事な旅行計画していた人もいるだろうから愚痴は言うまい。

航空券はキャンセル不可条件の安いの買ったのですが、返金ではなくバウチャーで他の旅行に使えるようにできるかもしれない、らしいです。trip.comは日本語窓口が一度中国に転送してそこから返事がくるからへんてこな言葉で説明されるの。でもまだ具体的なことはわかりません。

キューバの国内線はキャンセル交渉してくれるそうですがこれも時間がかかるとの事。

宿はエクスペディアなので全額返金されました。

手付かずなのがVi Azul、検索すると一度クレジットカードで支払うとほぼ返金されないとか。時間はあるかから交渉してみましょう。

というわけで掃除とお散歩とお家が映画館のGW突入です。ごきげんよう〜

今年のGWはキューバに行くよ!

前回キューバ旅行をしたのは2010年、「10年経ったらまたおいで」というわけで今年のGWはキューバ旅行に行きます!

前回はエアカナダでしたが今度の旅行ではアエロメヒコです。

4月30日 14:25 成田発
4月30日 12:55 メキシコシティ着
4月30日 15:05 メキシコシティ発
4月30日 19:05 ハバナ着

初日の宿はハバナのホテル ドーヴィル

5月1日は早起きしてメーデー見学。その後今年のハイライト、空路サンティアゴ・デ・クーバへ。クバーナ航空です、トラベルボデギータの清野さんにチケット手配してもらいました。

5月1日 16:50 ハバナ発
5月1日 18:30 サンティアゴ・デ・クーバ着

すごく大雑把に本州で例えるとハバナが島根県、サンティアゴ・デ・クーバが岩手県って感じの距離です。

キューバ名物のカサ・パルティクラルに泊まります、民泊ですな。2泊して革命の聖地巡り。ちょっと遠いけどカステロとゲバラがたどり着いたグランマ号上陸記念公園には是非行ってみたい。

5月3日 19:30 サンティアゴ・デ・クーバ発
5月4日 07:20 トリニダ着

Vi Azulというキューバの長距離バスでトリニダへ、深夜旅行ですが頑張ります。おそらく冷房が効きすぎて寒いだろうからちゃんと上着持っていきます。

早朝トリニダに着いたら9:30発の汽車でマナガナ・イスナガというところまで観光、ここでは「カサ」は夕方現地調達する予定。1泊したら再びVi Azulで白い砂と青い海のバラデロへ

5月5日 14:30 トリニダ発
5月5日 20:50 バラデロ着

バラデロでは「Be Live」というオールインクルーシブのホテルに2泊します。

5月7日 時間未定 バラデロ発
5月7日 時間未定ハバナ着

前半のハバナではマレコン通り沿いのホテルでしたが、今度は旧市街の中心あたりの「Al Sol」というホテルを予約しました。

5月8日 20:05 ハバナ発
5月8日 22:20 メキシコシティ着
5月9日 01:35 メキシコシティ発
5月10日 6:20 成田着

成田から大久保に直行後、セッションに参加予定。

なんてね、とっても楽しみです!

母親の病気、死生観〜続き〜

1年9月ぶりのブログです、引きこもっていて時間がありますので少し更新していこうと思います。今日のエントリーは随分前の前回で〜※続きます〜と書いた内容です。

実は母は今年の1月20日に亡くなりました。昨年の12月29日に入院していましたがそのまま逝ってしまいました。死因は肝硬変。

前回書いたように2018年に病院に呼び出しを受けました、その時に説明されたのは「肝臓にピンポン玉程度のガンがある、ただ肝硬変にもなっているので手術は不可能、進行は遅いと思うので共存していきましょう」みたいな内容でした。母も同席して聞きました。

その後実家に帰るたびに「病院行ってる?どうなの?」って聞くと母は「行ってる」って答えるのですが父親の話によると今回の入院まで一回も通院しなかったようです。それでもそこそこ元気で、一度は僕が夜ワインを飲んでいたら私にもって2杯も3杯も飲んで「平気なの?」って思ったこともありました。

父が昨年数えで米寿になりましたので、秋に両親、妹、姪っ子などと食事会をしました、集合したのはそれが最後になってしまいました。年寄りだからあまり食べないっていうのに妹が焼き肉がいいって決めちゃっって、案の定そんなには食べませんでしたがまあ思い出になってます。

入院後はベッドからほぼ出られずでした、肝臓が機能しないので水分が腹水となってお腹がぱんぱん、その結果食欲も減って体力も落ちる。急に抜くのも体によくないらしく難しい状態だなって。

先生から説明を受けたのは、「重度の肝硬変と肝細胞ガンではっきり言って手の施しようがない、治療ができない」ということでした。これは母は聞いていません。少し経ったら緩和ケア病院に移りましょうということで病院の紹介を受けていた矢先旅立ってしまいました。

はじめのうちは見舞いに行くと、「伝染るから(伝染るわけない)」「疲れちゃうだろうから」「忙しいでしょう」とかで帰っていいよって言っていましたが、最後の数日は父や妹が帰ろうとすると「まだ帰るな」って引き止められていたそうです、死期を悟ったのでしょうか。僕はこの時期東京の用事が重なって行けていないんです、最後まで親不孝だな〜。

四十九日が過ぎまして、納骨は稲毛の納骨堂を契約する予定です。こんな騒ぎで僕も千葉に行くことがままならずそちらの話もすすみません。困ったものです。

調布の家には仏壇がありませんので母の若い頃の写真を遺影にして毎日線香を立ててます。ちなみに、父はこの写真はあまり好みでないそうです。

Martes,siete de abril de 2020