ユザワヤ

2015年1月20日

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さて、おととい蒲田に行きました。近くを通ることはこれまでもありましたが、きちんと蒲田に立ち寄ったのは大人になってからは多分始めてです(極めて曖昧)。
蒲田は「ユザワヤ」王国です。右も左もユザワヤです。ユザワヤは吉祥寺にあるので私には比較的身近な存在です、立川にもありますね、この前電車で千葉に帰ったら津田沼にもありました。

蒲田はユザワヤ創業の地だそうです。なにしろ11号館までありました、が、調べたら今は5、6、7、10、11の5店舗が営業しているだけのようです、全盛期には11あったのか?興味をもちます。

ユザワヤは知っている人は知っていますが知らない人には全く馴染みのないお店だと思います。メインは服地、服飾雑貨、手芸用品などを扱っています。その他、画材、文具、玩具などもあります。新宿東口の「オカダヤ」、渋谷の道玄坂の入口の「マルナン」などが似た感じのお店です。

そこで今日アップした写真。これは、昭和43年頃で、手前の女性が私の母、女の子が妹(佳代子)、奥の顔半分が私(武一郎)です。場所は「よみうりランド」、親父が撮った写真です。

小さいサイズではわかりにくいですが、おふくろは「ユザワヤ」の紙袋を持っています。当時上野毛に住んでいたので蒲田のお店に行った際のものと思われます。しかし、観光地に持ってきているので、その日の買物ではなく、紙袋を使いまわしているようです。
結構大きい袋ですが、当時は家庭で服を作る頻度が今より高く(逆に、既製服が高くて品質が良くなかった)、素材を多く買っていたものと思われます。おふくろなどは子供の服はかなり自作したのではないでしょうか。
昭和30年代の映画では、若い女性や、結婚した主婦が欲しがるもののひとつに「ミシン」があります。ファッションはお金をだして既製服を買うことではなかった時代なのですね。
当時のユザワヤはその需要にこたえ、スーパーマーケット方式(大量仕入、廉価販売、セルフサービス)で売りまくったようです。

注目してほしいのは、デザインが今とほとんど変わっていないのです。アルファベットのロゴは変わってますが、カタカナは一緒。モノクロなので色が判断できませんが、赤とクラフト地のツートンと思われます。

イオン系やダイエー系のストアーは創業時のイメージを全く消してしまったところが多く、こういう例は稀ではないでしょうか、機会があったらユザワヤについてまた調べたくなりました。

ちなみに、この写真をさがした際、他にも懐かしい時代を感じさせる写真(主役は私だ)があったので、グラフティーを作ろうと思ったのですが、忙しくてダメでした。改めて載せます。

(Hatena::Diaryより転載)