IDチェック

昨日、友人のライブを観にある渋谷のライブハウスに行きました。夜中の12:00にスタートだったのですが、入場しようとすると、「IDチェックに身分証明をみせてください」と言われました。私はある事情で運転免許を持っていないのですが、保険証やなんかも普段は持ちあるきません。

定期券に年齢が書いてあるからとか、この顔が18歳以下に見えるか(だいだい若い頃から今に至るまで実年齢以下に見られたことがありません)とかいってもNO。そこにバンドのボーカルの女の子が現れ、じゃあ下の入り口で交渉しようとそこにいきました。しかし、「他にも帰ってもらったお客さんがいたから無理」と頑です。
私はキレる一歩手前で、もう帰ると言っていたら他のバンドのメンバーも登場し、ベースの人間が「きちんと交渉しよう」ともう一度いって話したら、「この人だけなら、ただしアルコールを売るのはダメ」ということで入場できました。ちなみに先の女の子は20代後半、ベースの彼は45歳です。

いまどきの渋谷の事情でこういう事も必要なのかも知れませんが、特に社会性のない事で身分証明が必要なのは不愉快でした。考えてみれば外国人の人なんかは日常的にこんな思いをするのでしょうね。

さて、今日は大晦日です。
今年はこのブログを開始して、こんなのでも3万以上のカウントをいただきました。ありかとうございます。来年も続けますのでどうぞよろしくお願いします。

(Hatena::Diaryより転載)

笹るみ子

日本映画専門チャンネルで「社長太平記」をやっていたので久しぶりに観ました。電話交換手で社長にからむ役で笹るみ子(当時19歳)が出ています。この人は1960年前後に東宝で活躍したかわいい系の女優さんで、いろいろな映画で観てはいたのですが経歴を知らなかったのでネットで調べてみました。
なんと、なべおさみと結婚して引退していました。なべやかんのお母さんが笹るみ子だったのですね。意外(ちょっと残念…)。
彼女が映画で活躍した時代はなべおさみはクレージーキャッツ(ハナ肇)のつき人で、テレビや映画で彼が売れるのは少し後です。

なべさんといえば、私が昔働いていたスーパーの近所に住んでいて、シャツにサンダル履きでよく買い物に来ていました。ということは笹るみ子も買い物に来ていたのかなー。当時は知らなかったから全く注意していませんでしたが、きっと上品できれいな客さんの一人が彼女で、きっと目にしていたんだなと思います。

(Hatena::Diaryより転載)

グッピー繁殖

呑んだくれとその後遺症で5日もブログをサボっていました。ずーと呑んでたわけではないのですが、今月の疲れが出たというか…。

さて、うちには60cmの水槽があって10年程前からいいかげんに熱帯魚を飼っています。この前の夏前にほどんど死んでしまったので、秋からちゃんとやろうとわずかに生き残ったブラックテトラとヤマトヌマエビ各一匹を放置して、11月頃に水槽を掃除して、水を安定させてネオンテトラとグッピーを入れていました。

ブラックテトラ一匹はまだ元気で、新しい魚もしばらくは元気だったのですが、「白点病」
が発生してしまい、あれよあれよと死んでしまいました。
とりあえず、25度の水温を27度に上げましたが(白点病の原虫は高温が嫌い)、これは水替えと薬浴しかないと思っていたのですが、年末ゆえ週末はお出かけ、またしても放置していました。

すると、今日見たらグッピーの子供が孵化していました。正確にいうとグッピーは卵をお腹で孵化させて赤ちゃんは魚の状態で出てきます。ただすごく小さいので、他の魚や親魚に食べられてしまうことが多いのです。大きい水草があったのと、今生き残っているのはその母グッピー一匹とネオンテトラ一匹なのが幸いしたのかもしれません。

一応、5mmぐらいの赤ちゃんを3匹確認しました。グッピーは一度交尾した精子を身体にとっておいて何度も産卵するといいますから、この親グッピーがまた産んでくれる可能性もあります。少し楽しみです。

(Hatena::Diaryより転載)

女は抵抗する

「女は抵抗する」 1960年 大映

若尾文子、川口浩が出演の映画という事だけをチェックして、なんの予備知識もなく観ていました。
若い女性(若尾)が芸能プロダクションを立ち上げ、バンドマンを次々とスカウトし「中央劇場(映画ではこうなっています)ウエスタンカーニバル」を成功させます。
ここまで観て、あれ?これは渡辺美佐の話と思いました。実際そういうストーリーでした。側ににいるジャズメンの中で気になる男性(川口浩)が渡辺晋ということです。

ただ、渡辺美佐の物語というのではなく、彼女を題材にしてたくましく生きる女性を描いたオリジナルのストーリーです。「明るく、強く、美しく」は若尾文子のはまり役です。

なんで東宝と関係の深い渡辺プロを題材にした映画が大映なんだろうと思いました。しかしよく考えてみると、「おとなの漫画」が始まったのが1959年。この映画の頃はクレージーもザ・ピーナッツもテレビでようやく人気のでた時期で、まだ映画には出ていません。ちなみにあの「シャボン玉ホリデー」は1961年から放映です。
この大映映画にはザ・ピーナッツがちょこっと出ています。顔が若いというかちょっと違います。

やがて、テレビに映画が食われ、テレビにタレントを供給する芸能プロが映画会社同等以上の力を持つなんて想像していなかったのでしょうね。

(Hatena::Diaryより転載)

藤木悠

2005-12-20

今日、藤木悠さんが亡くなったそうです。1960~70年代前半に東宝で活躍した名脇役です。社長シリーズ、若大将、クレージー映画、東宝特撮、黒澤映画など出ている作品は多いです。私は一時は東宝映画が一番好きでしたから、この人や塩沢ときの名前はクレジットでよく見ました。
なにしろ出ている作品数だけでゆうと、藤木悠は三船敏郎よりより多く、塩沢ときは司葉子より多いです。(あまりうまい引用じゃないですが)

名脇役とはこういう人で、きっと多くの人が藤木悠の名前を知らなくても顔を見ると知っていると思います。
この20年ぐらいは糖尿病で闘病していたそうです。
(写真はTBS『Gメン’75』、この頃が一番太っていたようです)

森繁久彌、小林桂樹より先にまた一人旅立ってしまいました。

(Hatena::Diaryより転載)

昔の映画を観る時に

寒い日が続いています、なぜ寒いかというのを我々は大体知っています。どうして冬になるのか?理科で習いますよね。話は変わりますが、日本人で九九を言えない人は少ないと思います。そしてほとんど全員が字を読み書きできます。

今の日本で字の読み書きができないと(肉体的なハンディキャップがあってできない人は除きます)、住民票もとれないし、選挙権も行使できません。そして先の九九や文字の読み書き、社会科も理科も「義務教育」というもので学ぶ義務があります。

戦前やもっと前の時代は字の読めない(書けない)人がざらにいました。「兵隊やくざ」の大宮(勝新太郎)は文盲です。落語でも字の読めない町人はよく登場します。これは正確ではないかも知れませんが、豊臣秀吉の文章は仮名が多いものです。当時の上級社会では漢文や候文が普通だったと思います。もともと文字の読み書きの必要のない階層出身の秀吉が字はマスターしても、もっと上の素養は身につかなかったのではないでしょうか。

字が読めないとどれほど不便か、このブログを読んでいる人にはわかりません。さぞかし不便でしょう。想像すれば外国の町を歩く感覚ではないでしょうか(中東なんかもそうでしょう)。ただ我々は英語や漢字は若干でも理解するので、全く解らない場所は少ないです。北朝鮮なんかはハングルだけなのでそんな感じでしょうか。

ただ、情報が少ないということは、無駄な物も入りこまないのでその分は自由かもしれません。今なんかは字の情報は本やネットに氾濫しています。これが我々の自由度をすごく疎外しているとも思います。

わからない事に対して、一度自分なりに想像するのは実はとても大切な事ではないかと、ふと考えたのでした。

(Hatena::Diaryより転載)

Fujiko Yamamoto

かつて日本を代表する美人女優、山本富士子は「憂愁平野」(1963年、東京映画)を最後に映画界をさります。東京映画(東宝系)に出演したことに大映の永田雅一が激怒し、五社協定によって、どの映画会社にも出られなくなったのです。山本富士子32歳の時でした。その後時代が変わっても山本は映画ではなく舞台に活動場所を変えて活躍しました。
その大映の倒産の遠因に人気スター山本を欠いた大映映画の入客不振があるというのですから皮肉です。

「憂愁平野」 1963年 東京映画
井上靖原作の豊田四郎監督得意の文学作品映画です。原作の影響でしょうが暗い映画です。同じ文学映画でも谷崎もの「猫と庄造と二人のをんな」や織田作之助の「夫婦善哉」などは笑える箇所もあるのですが、この映画は重いです。
これはキャスティングによるものが大きいと思います。キャストの詳細は、森繁の妻が山本富士子。森繁に思いをよせる女性が新珠三千代、その新珠のいとこで彼女に惚れているのが仲代達也。仲代の知り合いのカップルが長門裕之と大空真弓。
唯一長門と大空がコミカルな雰囲気を出すのですが、全体の重さにかき消されます。なにしろ森繁がほとんど笑わない役なのでこうなります。

豊田監督はそれまでにも山本富士子を使って映画を撮っています。(『憂愁平野』以前は大映からの貸し出しで、『憂愁平野』の時は山本がフリーランス宣言をして出演したので永田の不興を買いました)
なぜ、この映画に山本かと考えると新珠三千代の役との関係だと思います。ここに森繁の黄金コンビの淡島千景をもってくるとどうしても面白くなります。淡島は話し方の切符の良さや動きがかわいらしくコミカルで、こういう映画には向かないのではと思います。高峰秀子だと「とびぬけて美人」というものがなくなりますがいい感じになると思います。でも彼女は「成瀬組」なのです。

それにしても、山本富士子を逃した映画界は損をしたと思います。寅さんマドンナで出てたら良かったのになと思います。

(Hatena::Diaryより転載)

増税について

与党税制改正大綱決定ということで、二つの相反する考えを書きます。たばこ税と酒税です。

まず、ともに嗜好品であるから、無くても死にはしないものです。これらの税金を上げるから庶民をいじめているなんていうのは多分間違いです。

■たばこ税
マナーの悪い喫煙者を見ると「一箱3000円ぐらいにしろ」と思いますが、一本数円、一箱数十円の値上げでは禁煙する人もそうは多くないでしょう。禁煙はもっと強く動機づけるものがあったほうが成功の可能性が高いと思います。月数百円から千円程度の出費増では「吸いたい」という欲求にま弱いです。
それより、分煙というか世の喫煙のルール、マナーを啓蒙するのに少しは気をつかったらどうでしょう。大きい会社や施設ですと、きちんと喫煙があったりするのですが、小さいとこだと会社の入り口が自然と喫煙スペースになってたり。
今はどうなっているのか知りませんが、千葉のある大きな病院では、一階の待合室に併設するスペースが喫煙所で、入院病棟に行くのに必ずそこを通るということになっていました。
うちの隣は「ほたる族」ですが、ベランダで吸う匂いが意外と隣であるうちの室内に入ってきます。文句はいいませんが…。
愚痴ばっかりです。

■酒税
第三のビールが増税ということです。これは始めからそうすべきことでした。何故なら如何に作り方、原料を変えようが、「ビール」の代わりとして飲ませることを意図しているのです。だからこれらは「にせビール」です。
今までの税率で続けていても、ビールと第二、第三のビールを合わせた市場規模は減少してくでしょう。そして今はビールのシェアをとり成長している第二、第三のビールの市場も飽和して、飽きられていくでしょう。
これらのイミテーションが本家のビールより美味いということになれば別ですが、現状は「代わりとして飲むなら十分だよ」なのです。

日本の酒造メーカーと酒税制度は長くにせものづくりに荷担していました。20年ぐらい前までは国産の清酒、ウイスキーのほとんどがにせものでした。清酒は三増酒というルーツと不合理な級別制度で、アル添、糖類、化学調味料添加なんて事をしてましたし。ウイスキーは海外の原酒の桶買い、カラメル添加、アル添もやってました。
有名な日本酒の「●関」やウイスキーの「▲ントリー ●ールド」なんかまさにそんな製品でした。

酒税を決める側にも、ましてや造るメーカー側にも、こういう事を理解して考えてほしいのです。
ちょっと単価が安いから、お客が喜ぶから、税制の隙間でにせものをつくるというのは、私からみれば耐震構造偽造とたいしてかわらないのです。ニッカの創始者の竹鶴政孝や、明治時代のキリンビール、サッポロビールの苦労を考えた時そう思えます。

(Hatena::Diaryより転載)

マキノ雅彦

おととい、南田洋子の話で長門裕之の名前を出しましたが、今日はこの一族のお話です。タイトルの「マキノ雅彦」えっ?「マキノ雅弘」じゃなくて?とくれば通ですです。

マキノ雅彦とは、津川雅彦が監督として使う名前だそうです。そして今初監督作品を制作中で、来年公開されるそうです。
津川雅彦の祖父が牧野省三。日本映画の父と呼ばれている人です。
●祖父:牧野省三

牧野省三には子供が8人以上いるらしいのですが、マキノ雅弘(映画監督)、マキノ智子(女優)、マキノ光雄(映画監督)の三人が映画の道に進んでいます。
そしてマキノ智子の結婚相手が沢村國太郎、その子が長門裕之と津川雅彦です。
●母:マキノ智子
叔父:マキノ雅弘、マキノ光雄

マキノ雅弘は生涯に200本以上の映画を撮った大監督です、そのマキノ雅弘と女優、轟夕起子の息子がマキノ正幸でこの人は沖縄アクターズスクールを設立した人で、娘の牧野アンナはスーパーモンキーズのリーダーでした。マキノ正幸の異母妹がマキノ佐代子で女優です。「男はつらいよ」の二作に出演しています。
●外叔母:轟夕起子
従兄弟:マキノ正幸
従兄弟の娘:牧野アンナ
叔母:マキノ佐代子

ここまでが、牧野家です。これだけでも相当ですが、父の沢村國太郎は沢村貞子、加東大介のお兄さんです(これは以前触れたと思います)。
●叔母:沢村貞子
叔父:加東大介

まあ要するに、サラブレッドなのです。

(社長シリーズが放置プレイになっている…)

(Hatena::Diaryより転載)

もういっこ、若尾文子で

「波影」 1965年 東京映画
大映から若尾文子が貸し出された珍しい映画です。山本富士子は豊田四郎の映画に数作品主演していて、その豊田映画の「憂愁平野」が皮肉にも彼女を引退に追い込みました。その二年後、すでに山本のいない大映から代わりに若尾が引っ張られたのかその辺はわかりません。

貧しい家の出身の「おやま」の雛千代と、置屋の家族との関係を描いた悲しい物語です。置屋の主人が山茶花究、おかみが乙羽信子、その息子が中村賀葎雄(別に子役あり)、娘が大空真弓(別に子役あり)です。娘の通う学校の先生が沢村貞子、こんなとこです。

モノクロ映画です。65年なので”あえて”モノクロにしています。大映ですがちょうどこの頃「兵隊やくざ」が作られていてこれもモノクロです。共に戦前(昭和十年代)が舞台なのであえて昔を描写するのにモノクロを選んでいるのかもしれません。この翌年の大映「赤い天使」(若尾文子主演)も戦争を描いた映画でモノクロです。
逆に、松竹の「拝啓 天皇陛下様」(1963年、渥美清主演)や大映の与太郎戦記(フランキー堺、伴淳三郎)はカラーです(だって69年じゃーと思いますが、兵隊やくざシリーズ「兵隊やくざ 強奪」は前年68年でモノクロです)。演出の考え方ですね。

脱線しました。さて昨日書いた「十代の性典」から十二年たって、三十路を迎える若尾文子は私たちのよく知る若尾文子のイメージそのままです。こういう比較ができるのは幸せです。ところで、中村賀葎雄は萬家錦之助のお兄さんです。若い顔はわからないから、あれっ錦之助?と思いました。ちなみにそういう楽しみのためオープニングの配役はあまり見ないようにしています(後で見直す)。

(Hatena::Diaryより転載)