小沢一郎の匂い

土日は群馬の伊参(いさま)スタジオというところにいっていました。
廃校になった小学校を映画撮影の施設などに使っています。
映画関係の見学はでなく、そこに器材を持込んでセッションライブを
してきました。
八月は遊びが多く、土日のブログは全滅でした!

さて、今日は選挙の話を少し。
前にも今回の選挙のカギは民主党と公明党だと書きましたが、
実際そんな感じに動いています。
特に小沢一郎がテレビにでまくって、岡田党首との温度差が明らかになるにつれ、
マイナス効果になっている気がします。
もともと、小沢、岡田、鳩山、菅なんていうのは、
自民党で郵政民営化賛成、反対で別れた人達より違う人種の集まりですからね。
小泉さんと亀井さんなんか基本的には同じ向きにいたのですから。
それは、自民党のかつての反主流派つまり、反経世会です。
小沢一郎は、経世会の匂いを今でも強く持っています。
その匂いは、雰囲気で決める「無党派層」があまり好きな匂いではないのです。
そうなると、投票率が下がり、公明党に有利になります。

とはいえ、まだ公示が明日ですから期待しましょう。ちなみに私はもとから民主党、公明党とも
支持していませんが。

(Hatena::Diaryより転載)

バイオリズム

一日をボーっと過ごしていると、ブログに書くことも無かったりするので、
というか、そういう風に過ごさないために書こうとしてるわけです。
家でもニュースをはしごしてみても内容は同じなのに観てしまいます。
ビデオに撮った映画の一本でもみれば何か感じるだろうにと思いながら。

リズムが悪いというか物事に手をつける気にならないのは、
バイオリズムの周期じゃないかと思います。
案外月齢なんかがそれに影響している気がして、
満月の日は元気だったりします。

(Hatena::Diaryより転載)

保守ということ

人間は色々な物を食べると思います。
特に現代の日本人は割と簡単に世界の美食を味わうことができます。

ところで日本人に「鯨を食べるなー」という人々もイヌイット(エスキモー)の
人々には寛大です。
日本人も海の哺乳類を食べる習慣があるといっても、さすがに生肉や生血ばかりは
食べられません。
北の海に住む人や、大陸の中央で羊なんかと住んでいる人達は
きっと我々とは違う進化をして適応してきたのだと思います。
一方の日本人は、数千年の歳月で米に適応してきました。

数千年というのは、進化には不十分な時間ですが、適応した習慣は十分根付きます。
その適応を大事にするのが保守だと思います。

寅さんは架空の人物ですが、ベットで寝るもの、パジャマを着るのもきらいです。
朝ごはんにパンやコーヒーが出てくるのも嫌い、
「贅沢なことはいわないよ、鯵の開きと焼き海苔と…」なんて感じです。
今の年寄りにはあまりいませんが、一昔前(我々の祖父母の頃)には、
こんな感じで洋式が一切駄目なんて人がいたものです。

世の中に少しでもそんな人が残ってこそ保守だと思うのです。
ニッポンは田舎に至るまで、文化的、習慣的に均質化しすぎています。
新しい物を取り入れるのはとっても大事なののですが、
守るべき習慣、風俗を捨てていては、魂が新しい物に同化してしまいます。

言いたいことがうまくまとまっていませんが、
評論家もそのへんわかっていないと思いますよ。

(Hatena::Diaryより転載)

パラレルワールド

今日はちょっとSFの話です。

「パラレルワールド」ってご存知でしょうか?
日本語にすると、「並行(平行)の世界」です。
たとえば、あるパーティに出席したときに出会った人と結婚しました。
もし、風邪をひいて出席できなかったらどうなっていたでしょう。
そのような分岐点があって別の世界が存在しているという考えです。
もうひとつの世界では
その人と結婚していない可能性が大きいですが、あるいは運命の赤い糸に
導かれてパーティ以外で出会っていたかもしれません。
それはそちらの世界にいかなければわかりません。

藤子F不二雄が「パラレルワールド」が好きで短編などにもよく
取り上げています。
中にはパラレルワールド間の自分を集めて同窓会をするなんて話もあります。
パラレルワールド間を移動するというのは、SF的な想像の中でも
タイムマシンと並んで、もっとも面白い分野です。

実際には「風が吹けば桶屋が儲かる」の話のように、
世の中はいろいろな因果がからみあっていて、
パラレルワールドがあるとすると無数に存在してしまうと思います。

日々小さな後悔や、「あの時ああすれば」という思いをもって生きていますが、
別のパラレルワールドにいる自分も所詮自分で、
むこうはむこうで満足せずに似たような生き方をしているんですよね、
きっと。

(Hatena::Diaryより転載)

東から来た男

「東から来た男」 1961年 宝塚映画
加山雄三主演の映画で、加山雄三出演としては初期のものです。
後に若大将の恋人役、星由里子も出演しています。

設定としては、貧しい町に住む住民達が自分達のマーケットを建設しようと
していた所に、金にものを言わせたブローカーが自分の利権の為にそれを邪魔し、
また市や銀行にも圧力をかけます。
その町にふらっと現れた男は争いは好まないものの、ただ者ではありません。
そして、町の有力者の娘の死んだ兄との因縁がありました。
「死んだ兄」の役が佐原健二です。
ウルトラQの万城目です。その後のウルトラシリーズでは参謀など偉くなっていきます。
藤田進などもそうですが、50~60年代の東宝の役者さんがウルトラや特撮の欠かせない役者に
なってたりします。
宝田明、平田昭彦なども典型です。

あとこの映画には渋い役者さんで、森川信(ご存じ寅さんのおいちゃん)や大坂志郎がでています。
私はテレビの「大岡越前」が好きで、大坂、片岡千恵蔵、竹脇無我など良かったです。
初代の雪絵(越前の奥方)役の宇津宮雅代は特に好きでした。
あらら、思わず話がそれました。

(Hatena::Diaryより転載)

夏休みが終わった

昨日で私の夏休みが終わり、今日から通常どおり働いております。
週末にセッション、ライブが重なり、今日はやや二日酔いで、
けだるい出勤でしたが、それなりにリフレッシュできていました。
以前の仕事では、休日でも精神的に解放されることがあまりなかったので、
新鮮な感動です。

というわけで、今週中にはブログも通常どおり、映画の話に戻るつもりです。
よろしくお願いします。

(Hatena::Diaryより転載)

亡国

相変わらずのんびりモードです。
残暑の中自転車で吉祥寺にいって映画を観てきました。
ちゃんと劇場でしかも現在の映画を観るのは久しぶりです。

「亡国のイージス」 2005年 松竹&日本ヘラルド
産経新聞(この映画のスポンサーのひとつ)で連日広告が出ていて、
なんかいいなと観てしまいました。
内容は……。
なんかSF的なのか真面目なのか捕らえにくいのです。
原作は読んでいません。
モーニングのコミックになった時に作画を書いたのが、
期待の漫画家らしかったのですが、私にとっては絵が下手で閉口してしまい、
漫画すら読まなくなっていました。

役者はいいです。
真田広之、寺尾聡、中井貴一、佐藤浩一、原田芳雄、など(若い役者は名前がわからない)
そうそう「マネーの虎」吉田栄作もいい感じでした。
時々現代物も観てリセットしようと思ったのでした。

ところで、ほりえもんついに立候補です。
自民党が公認しなくて良かった、というか当て馬ですね。
私は彼を好きではないですが、なんか哀れな気がします。

(Hatena::Diaryより転載)

国民新党

2005-08-17

私、今週中夏休み中につきのんびりモードです。
(いつものんびりしていますが)

今日、綿貫氏、亀井氏の新党がたちあがりました。
「国民新党」そうです、たった5人での出発です。
無党派層というか、権益に絡んでいない有権者は、
小泉さんの「自民党をぶっこわす」をかなり気にいっていたと思います。
だんだん支持率が下がったのも、やっぱできない(壊せない)、
という印象からだと思います。

亀井静香さんらの考えはその辺とは逆で、
はっきりいって古臭い印象です。
新しいことを目指す側が党を飛び出すのではなく、
古い考えの側が新党をつくらなくてはいけなかったという点では
画期的なことかもしれません。
まあもって3年でしょう。

亀井静香さんって役者やっていたらとても個性的だと思うのですがね。

(Hatena::Diaryより転載)

60回目の終戦記念日

今日は60回目の終戦記念日です。
いろいろ考えることがあるのですが、今朝の産経新聞に、
25年前の三島由紀夫の書いた文章が載っていて、
それを読んだらますます複雑になりました。
(自決の数ヶ月前です)

太平洋戦争で今の日本人からみて複雑なのは、
アメリカと戦争をして、アメリカが日本の都市を空爆し、
日本が敗戦したのだから、日本はアメリカに負けたという面と
中国、韓国、北朝鮮に進出したことは確かで、敗戦に関して
ソビエトもその権益にからんでいたこと。
つまり日本から東を見るのと、西を見るのと両側の敗戦があるということです。

戦後は
アメリカは占領し、ある程度好きにやったけど、日本と安保条約を結び
自分の体制に組み入れることを良しとしました。
中国や韓国は経済的には日本の力を借りながらも現在に至っては
ある種の反感をもっている部分があります。
それぞれの方から見ると今の日本がいろいろに見えます。
憲法を変えちゃいけないとか、
原爆を落としたアメリカが悪いとか。

日本人が日本人の立場で考えるとどうなんでしょう。
少なくとも明治から流れてきた時間。
それが敗戦だけで変わってしまう、そんなことはないはずです。
司馬遼太郎は、終戦前の数年間日本人が以上になったという
史観を書いていますが、私は反対です。
逆に続く何かを考えなければいけないと思います。
それを真剣に思い詰め、考えない人間が批判的に見えてきて
三島は絶望したと考えています。

(Hatena::Diaryより転載)