出生時取り違えの件に違和感~人生なんてわからない

60歳の男性が出生時に病院で取り違えられ別の家庭で育ったため、不利益をこうむったということで病院が3800万円の賠償をするという判決がでました。あってはならない間違いだし、この男性の人生には多いに同情を感じます。ただそれと同時にこの件に非常に違和感があるのです。

取り違えられたことによりこの男性は、家庭が貧しかったので中卒で町工場に就職、現在はトラックの運転手。一方彼の実の親の家庭では、4人の子供が大学まで進学し、別の取違られた男性は現在印刷会社の社長であるということ。


実の親、育ての親っていうのはドラマの題材としてはもってこいらしく、かつては「赤いシリーズ」や最近では「八日目の蝉」など。三丁目の夕日の淳之介も実の親が迎えに来ますね。多くの場合が実の家庭が裕福だけど、育ての親の愛情に負けてしますみたいなストーリー、なんとも判官贔屓です。僕もこの辺が刷り込まれているのかな。


この男性は、育ての親に対する感謝も述べていました。50歳過ぎてこういう事実がわからなかったら育ての親に感謝したまま生涯を終えていたでしょう。だから違和感があって、できれば騒ぎ立てずにニュースにもならなければよかったのに。

そして「取り違える前に時間を戻してほしい」というような事を話していました。しかし今の自我はこの人生を送ってきた人だけのもので、経験したことや出会った人が変わってくれば今の自我はないわけですね。だから何が幸福かどうかはわからない。仮に取り違えられない人生だったとしても必ずしも今より幸福だとは限らない。それでも裁判では確率的に見ると損をしてるって判断できたのだと思います。

よかったのか、よくなかったのか、複雑な思いばかりが残ります。


長谷川町子先生の作品で「まんが幸福論」というのがあります。いじわるばあさんの巻末に載っていてかなり昔に読みました。内容はこのサイトが詳しいです。

人の人生何が幸せかなんてわからない。

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