やっぱり難しいでしょう

裁判員制度のことです、耳かき店ショップの女性と彼女の祖母が殺された事件。現在裁判中なのですが、MSNで詳細を知る事ができます。

二人の人間を、それも一人はまったく関係のない人を殺した罪は重く、
罰はうける必要があります。

ところがこの裁判記録を見ていて、黒沢映画の「羅生門」を感じてしまいます。被害者の働いていた店の店長、従業員の話と被告の話は時系列はあっていても、視点と意味がまるで変わってしまいます。

殺されたのは、殺した人間の対局にいるから殺した人間の言う事が間違い、そんな簡単なことじゃないでしょう。
なにしろこの加害者と被害者は週に10時間以上も過ごしていた間です。それを周りが聞き耳や推測で証言するのが、真実であるか。

わたしは加害者をかばっているわけではないのですが、ここで、わかりやすく物事を見てしまうと、結論がわかりやすいだけの「万人受け」になってしまうのではないかと思うのです。

人を裁くのは難しい、殊に今回は死刑もありうる裁判です。そこに参加して、加害者と被害者の利益を冷静にさばく事が、教育も経験もない人間にゆだねられるのは正しいのでしょうか?

前にも書いたけど、僕はいやです。
飲み屋で情緒的に語るのは好きだけど、そこまでにさせてほしい。

Viernes,veintidos de octubre 2010

(Hatena::Diaryより転載)

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