格差と差別

格差社会なんて言葉がはやってて、テレビでもあちこちで取り上げています。同じくらいの年で、正規雇用の人、非正規雇用(フリーター、アルバイト)の人、働かない人(ニート)に格差がつくぞーってことのようです。

なんの格差か、生涯獲得賃金、これが少ないと家庭をもって子供も育てあげられないし、財産も残せないぞ、って事ではないでしょうか。

ひとつには、今の年寄り世代が恵まれていて、戦後~高度成長を享受し国の赤字の少なかった時代を生きてきました。だから平均的に貯蓄も多く、いまより出産率も高かったから、人並に家庭的な成功をおさめたという人が多かったのではないでしょうか。

ただし彼らのなかでも、格差はあるのです。一代で使い切れないくらいの財を成した人もいるでしょうし、会社を倒産させて夜逃げした人もいるでしょうし、ホームレスもいます。犯罪者もいます。格差はどの時代でもどんな形でも存在するのです。

明治時代あたりでは、余程恵まれていないかぎり、十代の後半まで教育を受けて親に扶養してもらうことは不可能だったはずです。
今は、高卒、大卒まで面倒みてもらうのが常識です。そこから見た非常識な連中、お前ら格差がつくぞ、って。

でも裕福だから30歳まで面倒みるよ、ってそれができる世の中になっちゃったんじゃないでしょうか。そして先の事はわかりません、ちゃんと就職しても会社がつぶれることもあるし、先も書いたけど、自分がつぶす可能性もあります。

ひとつに長く平和が続いているから、社会の構成がかなり固定化して、それが常識になっていると思うんですよね。

戦争がある国で、そういう時代だと「軍人」さんは立派な職業です。もちろん今の自衛官も私は立派だと思っていますが、平和ボケすると軍隊を忌み嫌う時流が必ずあります(特に我が国では)。

侍(さむらい)というのは、人を殺してさぶらう職業です。平安貴族は軍事に手を出しませんでした。そのうち幕府という軍事政権が実権をにぎる時代がくるのですが、それも何代か続くと武家が公家化します。

話は変わりますが、「うちの先祖は由緒正しくて、その昔は○○藩の○○家の家老だったんだよ」などという話があるとします、くだらないですね。
今から200年ぐらいたって、「うちの先祖は由緒正しくて、その昔は民主党の代議士だったんだよ」、意味わかります?たいしたことないじゃん、だめじゃん、って事です。

そんなことが身分の根拠です。

人を殺すのは嫌だ、動物を殺すのは嫌だ、死体の処理は嫌だ、お墓の手入れは嫌だ。
そういう事は穢れた人間にやらせてしまえ、これが部落差別のそもそもの身分格差です。
(部落、同和問題は明治の執政に大きな影響があり、そもそもの始まりが問題の核心ではないです)

さて話を戻します。
格差社会の中で、とにかく収入の話になります。もうかって、賃金が多ければいいのか。つまり生産性の高い仕事をした人間が成功者なのかです。
これまで、平和な日本ではそうでした。

でも、政治家や天下りを繰り返す悪徳公務員という生産性ゼロの人間もいちおう成功者らしいです。政治家なんか悪いことに半世襲制です。

今現在の格差より恐いのは、身分の固定化です。つまり格差が固定されると将来の差別に繋がる可能性はあります。

では、どうするか?
これは平和な時代が続く垢だと思うので、どうしようもないです。戦争や革命が「リセットボタン」になることは確かだと思うのですがね。

(Hatena::Diaryより転載)

「格差と差別」への1件のフィードバック

  1. 格差についてはね、我が家の場合もう自転車操業な毎日なので改めていわんでもいいわいっ!って新聞読むたびに思うわ。
    ただ、気にしてもしょうがないし、生活が低レベルでも、家族がいて、気のあう仲間がいて、というささやかな幸せで私は満足かな。
    差別においては人間である以上、多かれ少なかれ、みな心のどこかで持ち合わせてるものなのではないかと、思うけど。

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