厭戦の本質

日本映画専門チャンネルで「兵隊やくざ一気放映」なんて企画をやっているので
久しぶりに観ました。
今日観たのは「新・兵隊やくざ」1966年 大映 です。
勝新、田村高廣以外では、成田三樹夫 、藤岡琢也 らがいい感じで出演しています。

「兵隊やくざ」というシリーズは一貫して軍隊の組織のくだらなさ、
つまりそこから、戦争を否定しています。
多分いまでも、世界のどこかで軍の組織の小さな腐敗(不正)や
軍律の悪用などは起こりうるわけです。
戦前の日本軍にそれが多かったというのではなく、
(実際あったろうが時代的には普通でしょう)
何の為に戦争か?ということです。

100年前の今月に、日比谷の焼き討ちという騒動が起きています。
日露戦争の賠償に対する不満を大衆にあおった事件です。
(実行者は民衆でなく仁侠だという話もありますが)
国益がロシアから賠償をとることか、日本の満州、朝鮮へのロシアの干渉を
減らすことか。
よくわからなければ目に見える結果が欲しいです。
民主の意識はこんなものです。

絶対主義でも、民主主義でもまったく無駄のない政権はつくれません。
恐らく民主主義の方が全体の効率は良いでしょう。
でもその為に一見無駄なコストもかかります。
間違ってるかもしれないこともあります。
見方を誤ってはいけないということです。

そこで、今日のテーマ。
厭戦(戦争を忌み嫌う)のはいろいろな経験からあっても良い感情ですが、
世界のどこかでいまだに戦争があるのに、
憲法九条だけを変えなければ良いのでしょうか。
厭戦の本質は、我々の有する軍ではなく、人間の本質のような気がするのですが。

(Hatena::Diaryより転載)

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