非差別部落問題

Chikirinさんのブログでとりあげていたので、書きます。
その前に
「破戒」 1962年 大映
実は観ていないのです、大好きな市川崑監督です、早急にさがして観てみます。
藤村志保はこの映画でデビュー、役名の志保が彼女の芸名になりました。
そういう命名ってけっこう多くて、三國連太郎が有名です。松田聖子もそうです。

さて、同和問題(非差別部落問題)です、
実は私は関東育ちなので、全く経験がありません。
大人になるまで意識せずにいました。
でも、10年ぐらい前からそれなりに勉強しました。

井沢元彦のうけうりなのですが、
「穢れ」これを日本人がどう感じて生きてきたかを考えることが大事だと思います。
汚いもの、いやなこと、そして人の死。さけて通れない事柄を穢れと考えました。
それに携わると自分も穢れる。だからその専門職ができました。
家畜の死体処理、囚人の処刑、そんな職業の階級を作りました。
それが穢多の始まりです。

もうひとつ、戦国の頃から検地というシステムで農民を把握することができました。
武士、都市(城下)にいる市民、農民を把握できたのです。
しかし、把握できない民もいます。流れ者、山の者、海の者。
こういう戸籍が把握できない者が支配下に入ると非人になります。
あと、芸能民も非人です。

子供の頃、士農工商エタ非人と覚えましたが、実際はそんな簡単なヒエラルキーでなく、
複雑なものだったと想像されます。
まず、その中には「公家」がいないです。
仮に公家を「士」に含めると、穢れ(殺人)を引き受ける武士が公家の仲間になります。
ありえません。
ここでも不思議なのは、動物の屍骸を処理する人がさげすまれて、
人を殺しあう階級が上位に立つということです。

つまり、日本人のはなからの特性として、自分で手を汚すのはやだ。
というのがあるんですね。
しかし、それじゃ片付かない、政治的な解決もできない。
侍(さむらい)の語源は「さぶらう」らしいです、非人とかわりません。
非天皇家、非公家が武士になったと考えていいと思います。
源氏、平家そうですよね、非天皇家。

さて、発生はこれぐらいで、今に至る問題のほとんどはやはり明治時代が原因だと思います。
江戸時代までは、他の階級も基本的に世襲で、そういう点で安定(平等ではない)していました。
明治になって新しい社会が、階級を変えました。
他の民が西洋的な平等を与えられる中、差別民はとりのこされました。
(とはいっても、普通選挙もまだ先だし、女性や農村の解放もありません)

江戸時代には弾左衛門という穢多の親分がいて、非常にお金持ちだったそうです。
当時、食肉は公然には行われていなかったものの、革をなめし、製品にするのがお金になったそうです。
雪駄には革が必需品だったそうです。
身分は低いが経済的な事は黙認されていたのですね。
明治はそういうバランスも崩します。

私は、明治政府のやった事が悪いというのではないです、
ただ、そうなってしまった。
今あることは昔に何かがそうなってしまったのです。
昔の人を恨んでも、ましてやその子孫を恨んでもしかたありません。

今だに、近畿、中国(日本のね)地方などでは就職、結婚で同和問題があるといいます。
できれば、その人個人の資質をみてほしいです。
差別された側もできれば腐らずに、むしろ胸をはって。
差別していた側も歴史を振り返り、自分を見直して考えてほしいです。

(Hatena::Diaryより転載)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です